フロアで大喜利をするな。

現代の地下アイドルや小規模声優現場におけるフロアの後方は混沌と化している。
コロナ前、いや、それよりもっと前は、楽曲に対する魂の解放や、推しに対する感情の爆発をベースにフロアが出来上がっていた。ような気がする。
しかし最近では「フロアコーディネーター」という言葉が生まれるぐらいには、「他人からどう見えるか」という軸でフロアを作っている感覚が拭いきれない。SNS映えや、他人から見て面白いと思われるような行動を、自身の「魂の解放」より優先しているように見受けられる。
「フロアで大喜利をするな。」と強い言葉を使ったが、かくいう僕自身がかつて誰よりも大喜利に狂ったバケモンだった。だからこそ100%は否定しない。
しかし、大喜利100%でフロアに立つことは、自分の感情を他人に売り飛ばす行為だ。
70%ぐらいに抑えて、残りの30%は自分のために「魂の解放」をしませんか?というのが、この記事での提案だ。
この記事を書くに至った経緯
引用元動画は消されてしまったが、ニアリーイコールジョイの楽曲で山切りカットをする動画を引用ツイートしたものになる。
私はその楽曲で山切りカットすることに違和感を感じた。
なぜなら、僕が山切りカットを気持ち良いと感じる曲の条件は、BPM140~155前後で、16ビート、4つ打ち的なビートの主張が激しいという条件を満たす時がほとんどだからだ。(動画の音質が悪く低音が聞き取りづらかったため、音源のその曲を聞いたら印象は変わるだろうが、ファーストインプレッションはそう感じた。)
しかし、このツイートに対してこのような引用ツイートが発生した。
この引用ツイートからは、「面白いか、面白くないか」だけでオタクの挙動を評価している節を感じた。
(ちなみに僕は最近挨拶でしかアニメって言ってないよ、たぶん。これは風評被害)
よくよく考えてみれば、フロアでオタクを見て「おもろい・おもんない」という評価は日常的にされている。最近では、「この楽曲でこのmixをしたら気持ちいい」「この楽曲でこの芸をしたら気持ちいい」という概念自体がかなり薄れているように感じる。
そのため、僭越ながら啓発目的でこの記事を書くことにした。
大喜利でモンスターと化したオタク
長い長い前置きを読んで、「お前が一番そういう軸でフロアをつくってたやんけ」と思う方も少なくないだろう。
特に「音質派」という人格ができてからは、無駄に有名になってしまった影響からか、SNSのインプレッションを稼ぐためにあることないことをやり、あらゆる曲にありとあらゆるmixを詰め込んでフロアで披露するモンスターと化していた。
承認欲求に抗えないバケモンが生まれてしまったのだ。
しかし、そうこうしているうちに、「前回のインプレッションを超えなければ」というプレッシャーや、TLでの反応を予測してフロアで大喜利を続けていくうちに、このバケモンは素直に現場を楽しめなくなった。
スピーカーからの音は、自分の芸やmixを披露するための単なるBGMに成り下がっていた。
ライブの感想は「楽しかった」と「インプレッションが多く稼げた」を同列に語るようになり、後にはただ虚しさが残るようになった。
しかし、ふと振り返った時、「インプレッションなど意識する前に通っていた現場」や、「コロナ禍でmixが打てず、撮影禁止でインプレッションと無縁だったあの声優現場」の方が、圧倒的に満足度が高かったのではないかと思い返すようになった。
コロナ禍に入り、承認欲求のためのツール(mix)を封じられ、体一つで音楽に向き合わざるを得なくなった。そこで、雑な大喜利で得られる「インプレッション」よりも、純粋な多動による自己完結した快感の方が圧倒的に強いことに気づいたのだ。
そして、コロナが明けてからも低集客かつ撮影禁止の現場に通っていたことで、承認欲求ベースの大喜利がいかに無意味であるかが浮き彫りになった。
人に見られていると「何かやらないと」という強迫観念が生まれ、それが自分の魂を閉じ込めていたのだろう。
今でもバケモンであることには変わりないが、ウケを狙ってmixを入れず、自分の感情主体で楽曲を楽しむ。そんな原点回帰を心がけてからは、純粋に現場を楽しめているような気がする。
それでも、今でも多少はウケを狙ってしまう自分もいる。SNSで気軽に拡散できてしまう現代において、アイドル現場に足繫く通う発動者が、この負の承認欲求スパイラルから完全に離脱するのは難しいだろう。
なにより、スマホ片手にフロアを撮影するオタクが増えたこともあり、今は全オタクが映えや大喜利のためのフロアメイク/フロアジョインに片足を突っ込んでいる状態だ。
そのままでは、かつての僕のようなモンスターになってしまうかもしれない。
そうならないために、たまにはフロアコーディネートの呪縛から離れて、自分ならではの表現をしてみるのもいいのではないか。
フロアで主人公になれ
映えや大喜利のための芸やmixは、承認欲求に買われた奴隷の労働のようなものだ。
その中で、真の意味でフロアで主人公になるには、他人の目や評価を気にせず、楽曲を解釈し、楽しむ瞬間を作ることだと思う。
まずは1現場で1回で良い。「この楽曲のこの場所だけは譲れない」という思いで、自身の好きなことをしてほしい。
ところで、MIXの語源を知っているだろうか?
「感情が高まった時に出た言葉を混ぜたからMIX」だそうだ。
そう、周りの挙動なんかに合わせなくていいのだ。
自分だけの、自分が気持ち良くなるためだけの時間をフロアで確保し、魂を解放しよう。
最低30%は、自分の神経と音楽を直結させるための時間として死守しよう。
フロアの主人公は、フロアコーディネーターでも、SNSの向こうのオタクでも、ましてやステージ上のアイドルや声優でもない。
君なんだ。
あとがき(ブログ限定)
AIに気持ちを投げて壁打ちしてつつ言語化して、テキスト書いて添削してもらって直してみたいのを繰り返して自分の言葉で書いた文章を校正してもらったら文章から異臭がするようになってしまった。
まあいいか。馬鹿で金がなくても高品質な校正をしてもらえるようになったいい時代に感謝です。




























